映画「リンカーン」感想
![リンカーン(監督:スティーブン・スピルバーグ 主演:ダニエル・デイ=ルイス、 サリー・フィールド) [Blu-ray]](http://ecx.images-amazon.com/images/I/51NahS2WLiL._SL160_.jpg)
リンカーンの記録映像を見ているような、そんな不思議な臨場感を感じる映画。
この映画の成功は、修正案13条の成立に的をしぼった事にある。立身出世物語でもなく、暗殺モノのミステリーでもなく。合衆国史上最も有名な憲法の修正の過程を下院の内部に限定して進行した事で、リンカーンの信条と苦悩、当時の国の在りようが理解しやすい映画に仕上がっていた。
南北戦争の末期、戦場で兵士と話をするシーンから物語は始まる。若い兵士達は誇らしげに「ゲティスバーグの演説」をそらんじてみせる。黒人の兵士もいる。一人の黒人の兵士がリンカーンに訴える、自分達は白人よりも賃金が低いと。本当に自分達が奴隷制度から開放されるのか、猜疑心が彼の瞳を燃え立たせている。「100年後には黒人にも選挙権が?」だが彼もリンカーンに希望を託していた。彼もまたあの演説をそらんじていた。

そしてその時より150年あまり後になって、ようやく初の黒人大統領が誕生するのだ・・そんな事をぼんやりと思いながら、スクリーンを見ていた。
そっくりさんではない、オーディオアニマトロクスでもない、CGでもなく、あの時代にタイムスリップしてリンカーンの生き様を傍から見ているような感覚。そう感じさせるダニエル・デイ=ルイスの演技が素晴らしい。伊達に3回のアカデミー主演男優賞を栄誉を手にしたわけではないのである。国の為に尽くし、人の為に尽くし、自分自身を削りながら国家に献身する大統領の姿を見事に体現している。少し弱いように思える声、だがその声は良く通り、時には大音響にも変化する。リンカーンにふさわしい声。
朗々として精力的な声では似合わないのだ。それではどこか胡散臭さが声の響きに混じって来る懸念がある。詐欺師の声がそうだ。明るく人懐っこくフレンドリーで。それはリンカーンの声ではない、断じてない。
あの声を作り上げた事だけでも、ダニエル・デイ=ルイスの非凡さが判る
リンカーンを支えるスワード国務長官他もいい、周囲もダニエルのリンカーンと同じトーンをまとっていて、ひとつの時代を感じさせてくれる。
家の外では政的や南軍と戦い、家庭にあっては妻に悩まされる。
メアリーの狭い了見を擁護するなら、当時の女性には家庭しかなく、夫と息子に与えられる世界だけがすべてであった事を思えば、その息子を失った事で彼女が精神のバランスを崩してしまうのもいた仕方がない事ではないかと。
リンカーンの慰めは幼い息子。
子供の使い方が上手かった。観ている側もずっと緊張しているのは耐えられない。それも政治的な駆け引きばかりでは息苦しくもなる。そこに愛らしいテッドが良い息抜きになる。父が撃たれたと知って泣き叫ぶ姿は胸痛むものではあったけれど。
ダニエル・デイ=ルイスがあまりにもリンカーンであったので、トミー・リー・ジョーンズが全体から浮いてしまったのは残念。どうしても役柄のスティーヴンス共和党議員というよりもトミー・リー・ジョーンズでしかなかったのが。

可決に漕ぎ着けるまでの経緯に関しては、それが政治という事でしょう。「何が大切か、何が正義か」なのですよね。小規模なものなら、良く刑事ドラマで犯人にかける温情がありますが。これはもっとスケールの大きなもの。ただ主張するだけで、戦略も根回しもなければ、一流の政治家ではないでしょう。政治だけではなく、何かをやり遂げるには、出来る事は全部しなければならない時がある。
これを観ていて思い出したのが、少し前に亡くなった映画監督がある時ふと口にした言葉・・「僕は映画を撮るためならどんな事でもしますよ」・・それは単に自己満足の作品を完成させるという意味ではなく、クライアントの我がままやゴリオシのタレントの押し付けや、その他内外の介入で内容よりも話題性だけの駄作になってしまうのを回避するために、あらゆる手を尽くすという事だったのですよね。映画を観る人のために、ひとりでも多くの観客に感動や満足をしてもらえるような映画を撮るために、という事だったのだと。
冒頭のスピルバーグの解説は余分だった気がします(^^;
Lincoln
監督 スティーヴン・スピルバーグ
脚本 トニー・クシュナー
原作 ドリス・カーンズ・グッドウィン
製作 スティーヴン・スピルバーグ キャスリーン・ケネディ
製作総指揮 ジョナサン・キング ダニエル・ルピ ジェフ・スコール
音楽 ジョン・ウィリアムズ
撮影 ヤヌス・カミンスキー
編集 マイケル・カーン
エイブラハム・リンカーン 大統領 ダニエル・デイ=ルイス
メアリー・トッド・リンカーン 大統領夫人 サリー・フィールド
エリザベス・ケックリー 家政婦 黒人 グロリア・ルーベン
ロバート・トッド・リンカーン リンカーンの長男 ジョゼフ・ゴードン=レヴィット
トマス・"タッド"・リンカーン リンカーンの四男 ガリヴァー・マグラス
ウィリアム・スワード 国務長官 デヴィッド・ストラザーン
サディアス・スティーヴンス 共和党議員過激派 トミー・リー・ジョーンズ
ユリシーズ・グラント 北軍総司令官 ジャレッド・ハリス
グラント将軍は「シャドウ ゲーム」のモリアーティ教授。今回の方がずっとらしくて良かったですね。
そういえばアメリカのドラマ「BONES」では、主人公のブレナン博士の相棒であるシーリー・ブースが「(リンカーンを暗殺した)ジョン・ウィルクス・ブースの子孫」といわれていましたが。ブースが軍隊仕込みの優秀なスナイパーである事と名前を引っ掛けてのジョークだったのでしょうけどw



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