映画「小さいおうち」感想

大げさな出来事や奇抜な仕掛けで驚かす映画ではない。淡々と日常を描きながら、その輪郭は鋭い線で描かれている。そして何気ない積み重ねが、後に大きな出来事になっていく。このあたりの上手さは山田洋次監督らしい。
小道具も周辺の町や人の作り方も、隅々まで神経が行き届いている。
タキと健史、老婆と性急な大学生との対比が、まず上手い。実際にその時代を肌で感じて来た者のいう事を、若者は自分の知識だけで嘘だと決め付ける。そしてそれ以上の広がりを想像する余裕を持たない。いつも急いでいるから、前だけを見ているから。
だからといって、健史はタキを軽んじているのではなく、彼なりに大事に思っているし、タキも実の孫のように思っている。
いいな、一人暮らしの寂しい老後だとしても、こんな良い子が気にかけてくれるのは。トンカツに餌付けされている部分もあるがwささやかながらも御節を作り、お屠蘇を用意するタキ。こういう折り目正しさが、今は消えかけていると思う。タキも心強いだろうが、お年寄りが身近にいるおかげで健史も得をしていると思う。本人がそれに気づくのはずっと後の事になるかも知れないが。
明らかに今ならセクハラやパワハラと断罪されるような言葉や行為も、監督はあえて入れて来る。それが当時の感覚だからだ。当時はそれが当たり前だったのだから。
夫は妻を同等というよりも自分の所有物のように思うのが当たり前で、女は男よりも低いものだった。同じ男でも、自分よりも地位や年齢が下の者は、自分の意見に従うのが当たり前だと思っていた。だから夫は妻がコンサートを楽しみにしていたなどとは露にも思わず、自分の都合を優先するのを当たり前に思い、部下には会社の都合の良い縁談を押し付ける。業務命令で結婚、今もあるのだろうか。当人の野心で乗る場合はありだろうが。
女同士の嫌らしさを描く事も忘れていない。「あなたのためを思って」の裏にある嫉妬や羨望も。

タキの自伝を中心に綴られる物語
タキの抱えていた苦しみ、奥様の不倫。お世話をした坊ちゃんが晩年に知る母の不倫の証拠の手紙。映画を観ていると、あの時の手紙とピンと来る。危ない橋を渡ろうとする奥様を、お仕えする家の平穏を守ろうとして、届けなかった手紙。
ここで、奉公に出たばかりのタキに、小中先生が語った”良い女中の心得”が生きて来る。でもそれだけではなくて、タキ自身が持っていた板倉への思いが奥様への嫉妬となってという考え方も出来るけれど、もしあったとしても、それはタキ本人も気づけない無意識のものだった気がする。それよりも家を守る方が大事だったのではと。
死んだ人に、答えを聞く事は出来ない。
大泣きをする映画ではない。いつの間にか、自分の目頭に涙が滲んでいるに、ふと気がつく、そんな映画。泣かせる事を前提の映画よりも、かえって深く心の奥に入り込んで、そして後々まで、その静けさが残っているような映画。微かな痛みと一緒に。
山田監督の映画は、配役がいい。
松たか子は器用な女優とは思えないけれど、この役ははまっている。女学校時代は美人でちやほやされて、家庭に入っても息子のお受験にも疎い、おっとりとした奥様。そんな女学生時代の気分が抜けきれないままの奥様らしい、あけすけな板倉への好意の示し方、のめりこみ方。
彼女だけではなく、他の人物もどれも役者に無理を強いていない、適材適所という感じがする。観ている側にストレスを与えない。冒頭の小林稔侍だけ、やや浮いている感があったが、それも許容範囲。完璧など、人間のすなる技に求める方が酷だ。普通の映画だと、特に邦画では、ごり押し丸わかりで「何でこの人がこの役?」とうんざりするのが、大抵幾つか混じっているものだ。
そういえば、昔はお手伝いさんがいる家が多かった。漫画のサザエさんの家にもお手伝いさんがいた。ちょっとしたお屋敷なら、住み込みや通いの数人いるのが当たり前だった。庭の広い家なら、庭師さんもいた気がする。女中部屋だけではなく、母屋の他に使用人の住む家が同じ敷地にある家もあった。このあたりは大きなお屋敷が多かったので、そういう雰囲気が、つい最近まで残っていた。
懐かしいと思うのは、小さいおうちそのものも。
屋根は水色だったけれど、父の実家も昭和の初期に建てられた和洋折衷の家で、ファサードのついた玄関の扉を開けると、右手にすぐに応接間があり、英国調の重厚なソファや机、本や珍しい置物のぎっしり詰まった棚があった。新年には客が入れ替わり立ち替わりで、女達は台所で忙しく立ち働いていた。

そして、絵本。あの絵本も懐かしい。私の末の妹は、脳性まひで、身体も不自由だし知恵遅れで、中身はずっと子供のままだった。そんな妹に寝る前に絵本を読んでやるのが習慣だった。彼女のお気に入りの絵本の中の一冊が「ちいさいおうち」だった。私が結婚して家を出るまで、それは続いた。
・・・・こんな風に、色々と思い出し、つらつらと書いてしまうような映画だったのですよ。

音楽は久石譲。いつもながら感傷を引き出すのが上手い。「ハウルの動く城」を思い出すメロディを随所に感じたのは、倍賞千恵子さんからの連想だろうか。
STAFF監督 山田洋次
脚本 平松恵美子 山田洋次
原作 中島京子
音楽 久石譲
撮影 近森眞史
編集 石井巌
配給 松竹
CAST
平井時子 松たか子
布宮タキ 倍賞千恵子(晩年期)黒木華(青年期)
平井雅樹 片岡孝太郎
板倉正治 吉岡秀隆
荒井健史 妻夫木聡
小中先生 橋爪功
貞子 室井滋
松岡睦子 中嶋朋子
柳社長 ラサール石井
カネ あき竹城
花輪和夫 笹野高史
花輪の叔母 松金よね子
平井恭一 秋山聡(幼年期)市川福太郎(少年期)米倉斉加年(晩年期)
酒屋のおやじ 螢雪次朗
治療師 林家正蔵
荒井軍治 小林稔侍
荒井康子 夏川結衣
ユキ 木村文乃

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