寺山修司生誕80年記念 宇野亞喜良×寺山修司 演劇ART WORKS原画展1998〜2015

ポスターハリスギャラリー

宇野亞喜良の絵を見ると胸に鈍い痛みのような奇妙な感覚を覚える。それは怖いとか辛いとかではなく、寂しいでもない。何が一番近いのだろうと考えてはみるのだけれど、いまだに解らない。ざっとなぞったような線なのにあまりにも生々しくて、写真のように描いた絵よりも生温かい。そう、触れたらきっと大きな目の少女の肌は暖かいだろうと思えるような。

宇野亞喜良

渋谷の雑踏から少し入った細い道。その先に突然現れる緑色の階段。それを上がった先にポスターハリスギャラリーはある。この周辺と同様に、朝が遅く訪れるらしく、営業は13時から。古びた壁や扉、傷だらけの郵便受け。何かに演出されたような場所。かつての同潤会アパートをおぼろげに感じさせる。

宇野亞喜良

外に飾られた花が、ここに間違いないと告げている。

宇野亞喜良宇野亞喜良

つきあたりのドアが目的地の入り口。躊躇する気持ちを察するかのように「お気軽にどうぞ」と書かれているので、安心してドアをあける。

宇野亞喜良

いきなり広がる空間、謎めいた秘密を沢山詰め込んだ。

宇野亞喜良

入ってすぐにカウンターがある。そこで入場料を支払う。一度支払ったら期間中は何度でも入場可能。その傍らには絵葉書や本やグッズが並んでいる。宇野亞喜良の絵で飾られた缶に薔薇入りの紅茶や薔薇入りでない紅茶、寺山修司のキーホルダーも。

寺山修司全歌集 (講談社学術文庫)

初めて彼の本を読んだのは小学生の頃だった。あとがきに住所が書いてあって、そう遠くない所に住んでいるを知った。良い時代だった。そんな事をしたら今なら大変な事になってしまったかもしれない。会いにいけない場所ではない、けれども私にはとても遠い場所だった。物理的には近くても心の上では遠い場所だった。私は臆病だったから。そのうちに物理的にも遠い場所に彼は逝ってしまった。

宇野亞喜良

驚いた事に撮影可能なのだ。勿論他のお客様の迷惑にならないようにだが。

宇野亞喜良

以前のイベントで描かれた絵

宇野亞喜良

舞台関連のパンフレットや書籍なども並んでいる。購入可能なものもある。

寺山修司亡き後の天井桟敷の人々の演劇を見た事がある・・というか、パフォーマンスに巻き込まれたというべきか。がらんとした部屋で、真ん中の机の上で、「ボレロ」の旋律に合わせて白塗りの男が無表情に揺れている。床に座らせられた私達は白い布を渡され、すっぽりと身体を覆うように言われた。その時から私達は人間ではなく、一滴の雫となった。水滴はしゃべらない、何もしない、そこにいる。他の人物も現れ、不可解なセリフを交わし始める。何か問題が起きているらしい、だが解決する気があるのかは不明。そんな調子で会話は続き、上の空と妙な熱さの入り混じった空気が室内に満ちて来る。白い布の中で、その芝居に参加しているような、していないような、宙ぶらりんの状態で、私は男達を眺めていた。現実と虚構の隙間に押し込まれて。

宇野亞喜良

沢山の衣装のデザイン画 布地などの指定も書き込まれているものもある。

室内には、舞台で使用された歌が流れていた。現在の様々な舞台でも似たようなものを耳にする、そんな歌。曲よりも言葉が前に出て来る歌。歌いながら語っている歌、台詞の抑揚が大きくなってそれが旋律になってしまったような歌。初めから歌として作られながら、純粋な歌として作られたのではない歌。耳障りの良い声ではなく、何処か不協和音をはらんだ声で歌われる歌。

宇野亞喜良

絵だけではなく、立体物もある。舞台の小道具として使われたものも。

宇野亞喜良

透明なケースに入れられた少女の人形は窒息しかけていて、今まさに本当の人形になろうとしている瞬間のように見える。

宇野亞喜良

そこにいるだけで、ひとつの劇中に組み込まれてしまった心地になるような、不可思議な感覚の世界でした。

2015年2月28日(土)〜3月29日(日)
13:00〜19:00
ポスターハリスギャラリー
*休廊日:月曜日
*3月7日(土)は16:00まで
*最終日は17:00まで
【入場料】一般:500円 学生:300円 (会期中、再入場可)


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