ボストン美術館所蔵「俺たちの国芳 わたしの国貞」

俺たちの国芳 わたしの国貞

おそらくは芸術品をアートとして扱おうという試み

通り一遍の展示や解説ではなく、今風にオサレにしようとしたのだろう。漢字にカタカナのルビをつけて意識高い系へのアピールてんこ盛りにして。それはそれとして・・・

「あら、小さい絵ばかりね」

場内でのご婦人の言葉。意識の高低など凌駕した、真実の声。その純粋な感想こそが庶民ですよ。心の中で拍手喝采。

そうだね、いわゆる展覧会の類では壁面を覆い尽さんばかりの大作がこれでもかと並んでいたりする。だが今回は違う。浮世絵は手にして見るのに良いサイズなのだ。なので近くで見ない事には判別しにくい場合が多い。盛況の場内で人の頭越しでは辛い。

描かれた人物を見て欲しいと訴える国貞
絵を丸ごと見て欲しいと胸を張る国芳


どちらにも魅力がある。絵の前に人がいない隙に幾つかは間近で見られた。いやあ、不思議だね、歌舞伎役者というものは。血が大事とは良く言ったものだ。江戸の役者の面影を、今の時代にも見る事が出来る不思議というか幸福というか。芸の良し悪しはどうかは別にして。

そうそう、玉三郎の滝夜叉姫を見た事がある。妖艶で印象的だった。

そんな楽しみはあったけれど、やはりじっくり見るには人が多過ぎる。昨今は何処の展覧会もそうだけれど。

俺たちの国芳 わたしの国貞

とてもとても珍しい事に、写真撮影可能なスペースがあったので、何枚か撮影。

俺たちの国芳 わたしの国貞

ベロ藍という人口絵具で描かれたもの、これはこれで風情があるね。

俺たちの国芳 わたしの国貞

中国の故事「邯鄲の夢」を題材にした能「邯鄲」の絵。宿屋の女主人かな。

骸骨だのモンスターだの妖怪だの魑魅魍魎の類は、思ったより少なかったのが残念。しかし骸骨が若者の粋がる象徴とは、シルバーのドクロのアクセサリーなどをこれみよがしにつける現代と変わらないというわけか。江戸の粋がね、今の東京にね。面白いじゃないか。

俺たちの国芳 わたしの国貞

モンハンとのコラボのグッズがありました。浮世絵がTVや雑誌の代わりであり娯楽の一種でもあった事を思えば、ゲームもまたしかりかな。

Bunkamuraザ・ミュージアム 開催期間 2016/3/19(土)-6/5(日)


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タグ:浮世絵 美術館 展覧会 歌川国芳 歌川国貞

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