シネマ歌舞伎「沓手鳥孤城落月/楊貴妃」感想

玉三郎を見るという事は奇跡を目にするのと同義だ。たとえ映像であってもそれは伝わるものなのだ。映像にとどめられた”奇蹟”に何度でも出会えるという幸福は、人生を豊かに出来る数少ない要素のひとつでもある。この煩雑な世界では、奇蹟を見る時間を確保する事もまた奇蹟に近い時がある。だから見逃すまいとスクリーンに見入るのだ。儚くも移ろいゆく、その一瞬を留めた奇蹟、その奇蹟の中で耀く生ける奇蹟を見るために。
作品に対する玉三郎の解説やインタビューが挟み込まれる。それが物語への良い導入となる。シネマ歌舞伎の常とう手段だけれど、その編集にも作品への心意気や真摯な態度が感じられる。
「沓手鳥孤城落月 ほととぎすこじょうのらくげつ」
豊臣家最期に直面する淀の方と息子秀頼の強い絆。大坂夏の陣、大阪城は徳川家康に攻められ落城寸前であった。大阪方の大将・秀頼の母・淀の方は、秀頼に嫁いだ家康の孫・千姫が城から連れ出されようとするところに出くわし毅然と阻止する。そんな中、いよいよ徳川方の軍勢が間近に迫り、城内は炎に包まれ乱戦となる。糒庫(ほしいぐら)へと避難した淀の方は、千姫が混乱に乗じて城から逃げ出したことを知り、怒りのあまり錯乱してしまう。正気を失った母の姿を見た秀頼は、母を殺して自害しようとするが、豊臣家のために降伏するよう勧められ、涙ながらに開城を決意するのだった。
鬼気迫る玉三郎の淀の方が素晴らしい。傲慢に驕り高ぶるのではなく、高貴に生まれついたがゆえに運命に翻弄され、忠義を口にしながら保身に走る周囲の人々に裏切られていく無念さ。千姫と秀頼の関係性が弱くしか感じられない分、強烈な母とそれに比べて凡庸な息子が家康という権力に無残に踏みにじられていく姿が哀しい。
他の面々も良いが、七之助の高貴な若武者ぶりが際立って良い。
淀の方:坂東 玉三郎
豊臣秀頼:中村 七之助
大野修理亮治長:尾上 松也
饗庭の局:中村 梅枝
御台所 千姫:中村 米吉
碑女お松実は常磐木:中村 児太郎
包丁頭 大住与左衛門:坂東 亀蔵
氏家内膳:坂東 彦三郎
正栄尼:市村 萬次郎
上演月:2017(平成29)年10月
「楊貴妃」
悲運の美女・楊貴妃と皇帝が誓った永遠の愛。中国の唐の時代、亡くなった楊貴妃への思いが忘れられない玄宗皇帝は、楊貴妃の魂を探すように方士に命じた。方士が蓬莱山の宮殿で楊貴妃の魂を呼び出すと、在りし日の美しい姿で現れる。楊貴妃は永遠の愛を誓い合った皇帝との思い出の数々を思い返しながら舞うのだった。
美しい”かたち”がそこにある。
ひたすらに美しい玉三郎の舞を見るだけでいい、それだけで十分。
中車は論外。歌舞伎ではない。それを分かっていても松竹は悪事に手を染めたのだ。それでも芸は志ある役者に受け継がれて、存続していくはずだと、えらいさん達は思っていたのだろうか。安易な人気取りと客足が欲しくて売り渡した魂を守る手がまだあると。
そんな苦い嫌な思いはあっても、それでも玉三郎は美しく舞う。その芸の前ではどんな俗物も真っ当なものに引き上げられてしまうようだ。
楊貴妃:坂東 玉三郎
方士:市川 中車
上演月:2017(平成29)年12月
玉三郎を見ると櫻井孝宏さんを思い出す時がある。あの語りのせいだろうか。メトフィエスとか。その逆もある。

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