シネマ歌舞伎「籠釣瓶花街酔醒」感想

籠釣瓶花街酔醒(かごつるべ さとのえいざめ)は、花魁と客の惚れた腫れたの物語かと思いきや、籠釣瓶と呼ばれる妖刀村正にまつわる話。このシネマ歌舞伎となった舞台は、長い芝居のダイジェストであるので、ラストでいきなり刀が現れ、あまりにも唐突と思わないではないけれど、妖刀うんぬんは抜きにして、自分に恥をかかせた女を成敗した話と思えば辻褄はあうのです。
州佐野の絹商人、佐野次郎左衛門と下男の治六は、江戸で商いをした帰りに、話の種にと桜も美しい吉原へやってきます。初めて見る華やかな吉原の風情に驚き、念願の花魁道中も見ていよいよ帰ろうとするところへ、吉原一の花魁、八ツ橋の道中と遭遇します。この世のものとは思えないほど美しい八ツ橋に次郎左衛門は魂を奪われてしまいます。それから半年、あばた顔の田舎者ながら人柄も気前も良い次郎左衛門は、江戸に来る度に八ツ橋のもとへ通い、遂には身請け話も出始めます。しかし八ツ橋には繁山栄之丞という情夫がおり、身請け話に怒った栄之丞は次郎左衛門との縁切りを迫ります。それを知らない次郎左衛門は八ツ橋を身請けしようと同業の商人を連れて吉原へやってきますが、浮かぬ顔をした八ツ橋に突然愛想づかしをされ、恥をかきうちひしがれて帰っていきます。それから四ヶ月が過ぎ、次郎左衛門は再び吉原に現れ、わだかまりなく振舞いますが。
物語は大味ですが、役者がいい。
あばた面で醜い主人公の佐野次郎左衛門を演ずるのは、故・中村勘三郎。あまりにも早い死が惜しまれる名優。そして花魁の八ツ橋は坂東玉三郎、立ち姿から美しい。八ツ橋の情夫・繁山栄之丞の片岡仁左衛門とは長年の名コンビ。美男美女とはこの事かと言わんばかり。芸達者で周りを固め、父亡き後に一門を率いる勘九郎に七之助。
舞台全体の絵を見たいと思う時もあるけれど、役者の熱演を間近で観ている気分にさせてくれるのがシネマ歌舞伎。ここまで汗水たらして、血管も切れそうなほどの熱演だったのかと、役者の凄みを感じさせてくれるのです。また衣裳の煌びやかさ、柄の良さ、なんと粋にさっと羽織るのかなど、細かい所も見せてもらえます。
斬られた八ツ橋、ちらりと着物の赤い色は血の見立て、イナバウアーの如く反り返って倒れる見せ場。
勘三郎、花魁に入れ込む気の良い田舎者から、裏切られて恥をかかされてもぐっとこらえる力の入れ具合、そして最後の「籠釣瓶はよく切れるなあ」の妖刀に魅入られた如くの邪悪そのものの顔。新しい歌舞伎座のこけら落しの直前に世を去ったのが信じられない、いや、残念過ぎるスクリーンに刻まれたその姿。もし生きていたら、歌舞伎の世界は今と違っていたかも知れないと思いもしつつ。
奇抜な演出や、現代劇との融合の新しいやり方の芝居も増えましたが、やっぱりこういうゆったりと観られるものが良い時もあるのです。
佐野次郎左衛門 中村 勘三郎
八ツ橋 坂東 玉三郎
九重 中村 魁春
治六 中村 勘九郎
七越 中村 七之助
初菊 中村 鶴松
白倉屋万八 市村 家橘
絹商人丈助 片岡 亀蔵
絹商人丹兵衛 片岡 市蔵
釣鐘権八 坂東 彌十郎
おきつ 片岡 秀太郎
立花屋長兵衛 片岡 我當
繁山栄之丞 片岡 仁左衛門
上演月 2010年(平成22年)2月
上演劇場 歌舞伎座
シネマ歌舞伎公開日 2012年9月29日
上映時間:113分

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