映画「THE BATMAN-ザ・バットマン-」感想

絶望の街で、人々の希望となりたかった。
聖母マリアに救いを求める乙女の歌声にふるいたった英雄のように。
シューベルトのアヴェ・マリアの美しい歌声の流れる中、悲惨な殺人が行われる。この映画は夜が多い。雨も多い。青空は何処にあるのか。それはブルースの心象風景のよう。喧噪も悲鳴もあるが、いつも底辺にあるのは沈黙なのだ。貧困ゆえに、無力であるがゆえに、存在すらしないかの如く扱われる者の叫びは誰にも届かない。だから振り向かせようと狂気の策略が繰り広げられた。
今までのどのバットマンとも異なる。
バットマンとなる道を選んでから2年。まだヒーローとして手探りのブルース・ウェイン。荒い戦い方、殴られ、撃たれ、傷つく。ギミックもメカも地味。バットマンが表の顔として持っている富豪としての姿はほとんど描かれない。財産など生きるに足るだけあればいい、彼の目は己の人生以外の事に向けられている。物語も勧善懲悪ではない。悪党とのアクションもあるが、むしろ泥だらけになりながら一心不乱に洪水に閉じ込められた人々を救助するバットマンの姿が印象に残る。
そんなバットマンを演じるロバート・パティンソンがいい。白く見えるほどの顔色に、無精ひげ、機敏には見えない。鍛え上げた身体ではあっても、何処か均衡を欠いているように見える。気にしていないのだ、おそらく。自分自身がどう見られるかという事を。めったに人前に出ない。出るのは黒いマスクを着けた時だけ。無口でクールだとセリーナは言うが、コミュ障で咄嗟に彼女の言葉に反応出来ないだけなのではと思えてしまう。
アルフレッドもバットマンのサポート役ではない。ウェイン家を守る役目に徹している。
ゴッサムシティの悪を描く役割はリドラーがほぼ引き受け、それに付随してファルコーネやペンギンが裏の世界を牛耳る姿が浮かび上がる。そこにセリーナことキャットウーマンを絡めていく上手い作り方。セリーナは理想に生きるブルースと現実世界の接点となる。
殺された市長の息子と幼いブルースの面影が重なる。ブルースは父が善人だと信じ、父の突然の死が彼を闇のヒーローにしてしまった。あの少年が自分と同じにはなって欲しくないと、ブルースは思ったのではないだろうか。
ほとんどジェームズ・ゴードン警部補とバットマンのバディストーリー。
リドラーの存在感がやや薄い気がするが、素顔を見せてから俄然輝き出すポール・ダノが良い。刑務所で醸し出すサイコパスの雰囲気、狂人的な言動。バットマンの目の前で正体がブルースであると口にし、突然アヴェ・マリアを歌い出す。面白いのは、バットマンがそれを一切無視する事。目立ちたいと思う人間には、無視が一番効果的だと思ったのか。防犯カメラはあるが、「バットマンはブルース・ウェイン」と叫んだ所で、音声は監視室には届かないと判断したのか。
セリーナとの最後も粋。バイクで走るセリーナ、別れたばかりのバットマンもバイクで追いつく。少しだけ並んで走る。やがて左右に進路が分かれる。
ゴッサムシティは破壊されたが、再生への希望はある。悪もまた蘇り、バットマンの戦いは終わらない。続きを見たい気もするが、これはこれでひとつの物語として綺麗にまとまっていると思う。
175分があっという間の面白さだった。
The Batman
STAFF
監督 マット・リーヴス
脚本 マット・リーヴス ピーター・クレイグ
原作 DCコミックス「バットマン」より
製作 マット・リーヴス
音楽 マイケル・ジアッチーノ
撮影 グリーグ・フレイザー
編集 ウィリアム・ホイ
製作会社 DCフィルムズ
配給 ワーナー・ブラザース・ピクチャーズ
CAST
ブルース・ウェイン / バットマン ロバート・パティンソン 櫻井孝宏
セリーナ・カイル / キャットウーマン ゾーイ・クラヴィッツ ファイルーズあい
エドワード・ナッシュトン / リドラー ポール・ダノ 石田彰
ジェームズ・ゴードン警部補 ジェフリー・ライト 辻親八
カーマイン・ファルコーネ ジョン・タトゥーロ 千葉繁
ギル・コルソン検事 ピーター・サースガード 山岸治雄
アルフレッド・ペニーワース アンディ・サーキス 相沢まさき
オズワルド・“オズ”・コブルポット / ペンギン コリン・ファレル 金田明夫
ドン・ミッチェル・Jr.市長 ルパート・ペンリー=ジョーンズ 佐藤隆太
ベラ・リアル ジェイミー・ローソン 村中知
トーマス・ウェイン ルーク・ロバーツ 森久保祥太郎
マーサ・ウェイン ステラ・ストッカー
アニータ ハナ・ハルジック
ウィリアム・ケンジー麻薬捜査官 ピーター・マクドナルド 北田理道
ピート・サベージ本部長 アレックス・ファーンズ 北川勝博
マッケンジー・ボック署長 コン・オニール 姫野惠二
マルティネス巡査 ギル・ペレス=エイブラハム 越後屋コースケ

映画の後に「Soup Stock Tokyo」の桜と春野菜のクリームスープ
バットマンの中では、食事の場面はほぼない。新鮮なブルーベリー位だ。後は酒と麻薬。世界作りには正しいやり方。それでも温かいスープは心をも温めてくれるだろうと。犯罪と賄賂で荒廃しきった街でなら尚更。

fc2が不調の際はお手数ですがTB用ミラーブログをご利用下さい
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